自由の女神像~知ってるつもり? いまさら聞けない超有名な銅像

自由の女神像アメリカの自由と民主主義を象徴するモニュメントとして世界的に有名です。

映画「猿の惑星」で、宇宙飛行士がたどり着いた星に砂に埋もれた自由の女神像が登場し、地球であることが分かるというラストシーンなんてすごく印象的ですね。(ちょっと古いかな?)

本記事では今さら聞くのがちょっと恥ずかしいかもしれない自由の女神に関する情報やエピソードを紹介します。

どんな建物なの?

自由の女神像のがどんなところにあるかが分かるよう、空撮風動画を作成しましので、よろしければどうぞ!

【空撮風動画】自由の女神

外観の特徴

アメリカ合衆国 ニューヨーク州ニューヨーク港のリバティ島に建てられている銅製の像です。

銅像本体の高さは46m(頭までの高さは34m)で、台座も含めた高さは93mあります。

女神像は1886年に設置され、当時はニューヨークで最も高い建造物でした。

足元には引きちぎられた鎖と足枷があり、銅像はそれらを踏みつける形となっています。これは、全ての弾圧や抑圧からの解放と人類は皆平等であることを表現しています。ちなみに女神像はサンダルを履いています。

右手には希望の象徴とされるたいまつが掲げられています。ちなみに炎の部分は純金製です。

左手にはアメリカの独立記念日(1776年7月4日)が刻印された銘板(プレート)を持っています。

冠には7つの突起があります。これは、七つの大陸と七つの海に自由が広がることを表現したものです。そして冠の下は展望台になっており、ここに行くには台座部分をエレベータで登り、女神像の中は354段のらせん階段を昇ります。
【空撮風動画】自由の女神(その2)

正式な名前は?

日本では「自由の女神像」という名前で知られていますが、正式な名前は「Liberty Enlightening the World」(世界を照らす自由)です。

昭和3年に発行された「大日本百科全集・世界めぐり」の中で「自由の女神」と訳されたのが始まりだそうですが、世界的には「女神」を付けて呼ばないのが一般的です。
ぐんそう
ぐんそう

最近は減ったけど、洋画とか洋楽でも勝手に邦題をつけちゃったりするよね。

誰が作ったの?

フランスで制作

フランスの政治家のエドゥアール・ド・ラブライエが、当時、南北戦争後の混乱で苦しんでいたアメリカ合衆国に対して、アメリカとフランス両国の友好の証として独立100周年を記念したモニュメントを寄贈する提案をし、フランス市民の寄付を募って作成されました。
ぐんそう
ぐんそう

当時、フランスはアメリカの領有をめぐってイギリスと争っていて、また、アメリカはイギリスと戦って独立したこともあり、イギリスが アメリカとフランスの共通の敵だったので両国は親密な関係だったんだね。

1874年フレデリック・バルトルディに設計が依頼されました。設計には後にエッフェル塔で知られるギュスターブ・エッフェルも携わりました。

潤沢な資金がなかったのと、当初よりも計画が膨らんだために工事は遅れ、独立100周年までに完成出来ませんでした。寄付を集めるために宝くじが発行されたり、1878年パリ万博では完成していた頭部のみを展示して寄付を募ったりもしました。

1884年に一旦完成した女神像は、しばらくパリ市内に設置された後、214個のパーツに分解されてフランス海軍の輸送船にてアメリカへ輸送されました。

アメリカでの台座建設~除幕式

当初、ニューヨークの中心に設置される予定で、セントラル・パークが候補に挙がっていましたが、最終的にはアメリカへの移民がニューヨーク港へ入港した時に真っ先に目に入るよう、リバティ島に設置されることになりました。

フランスから贈られるのは像だけで、台座部分はアメリカ側が建設することになっていました。ところが、当時、一般市民は一部の富裕層が勝手に進めていると冷ややかに見ており、アメリカでも資金がなかなか集まらず、工事が滞っていました。そこでワールド新聞社のジョセフ・ピューリッツァ(「ピューリッツァ賞」の生みの親)がキャンペーンを展開して建設資金が集め、台座を完成させることができました。

そして、1886年、独立100周年から10年遅れてようやく除幕式が行われました。除幕式では、女神像の顔にフランスの国旗が覆われ、作者のバルトルディによって除幕されました。
あー坊
あー坊

寄付で資金を集めたから構想から完成までに12年もかかったんだね。

女神像に関するエピソード

女神像のモデルは誰?

ドラクロワの絵画『民衆を導く自由の女神』がモデルと言われますが、設計者のバルトルディはこれを否定しています。モデルについては諸説ありますが、具体的に何をモデルとしたかは不明です。

ドラクロア作「民衆を導く自由の女神」(1830年)

パリの公園にある女神像の試作品

パリのリュクサンブール公園にも自由の女神像があります。この女神像はニューヨークの女神像を制作する前の準備作業で作られたものです。

女神像は灯台として使われる計画があった

女神が左手に持つたいまつを灯台として使う計画がありましたが、当時の技術では光が弱く実用に耐えないため、灯台としての利用は中止されました。

アメリカ人のお返し

自由の女神像を寄贈されたお返しに、パリに住むアメリカ人たちにより1889年にフランス革命100周年を記念して「自由の女神像」が寄贈されました。

こちらの女神像は、ニューヨークにある女神像の試作模型の石膏型を使ってバルトルディによって製作されました。

セーヌ川沿いに立てられたこの像は、高さは11.5mと、ニューヨークにある像(46m)より小ぶりです。
女神像の左手に持たれたプレートには、フランス革命のきっかけとなったバスティーユ監獄襲撃のあった1789年7月14日の日付が刻まれています。

ぐんそう
ぐんそう

近年のアメリカとの関係の冷え込みを象徴しているのか、落書きもされてるし、残念な感じだね。

もともとは銅色だった

現在は青緑色をしている自由の女神像ですが、アメリカに贈られた当初は銅色でした。ただ、海岸に設置されているので、酸化が進み、現在は青緑色に変色しています。
あー坊
あー坊

銅製の10円玉が緑色に変色していることがあるけど、それと同じだね。鎌倉の大仏も同様に酸化して青緑色になっているよ。

自由の女神は白人? 黒人? それとも…

女神像が作られた時代は人種差別が当たり前の時代だったので、自由の女神が黒人を想定しているとは考えにくいのですが、1990年代に女神像が白人と黒人のどっちなんだという論争がありました。

結局、この論争には決着がつかず、像の色が緑色であることから「緑人」ということで論争は収まりました。

お台場の自由の女神像

東京のお台場にも自由の女神像があります。フランス政府からレプリカ建立の許可を得て2000年に設置されました。ちなみに製造元はフランスの鋳造所です。

ぐんそう
ぐんそう

・・・
自由の女神像のレプリカは世界各地にあるけど、これ必要だったのかな?

テロのターゲットにされた?

2001年9月11日にアメリカで発生した同時多発テロ事件では、ニューヨークのワールドトレードセンター等が破壊されましたが、次に自由の女神像がテロのターゲットになるという噂がありました。
このため、しばらく自由の女神像のあるリバティ島への上陸が禁止されました。

自由の女神像への入場禁止は2009年まで続きました。
はーちん
はーちん

中東ではテロ行為で文化遺産が破壊されることがあったけど、自由の女神像は無事でよかった。

観に行くには

アクセス

リバティ島へは専用フェリーで移動します。フェリー乗り場はニューヨーク州のバッテリー・パークもしくはニュージャージー州のリバティ州立公園のどちらかになります。

フェリーのチケットと女神像への入場券はセットになっており、料金は21.50ドルです。
現在、入場制限がかかっているため、3か月以上前からの事前予約が必要な状況です。予約は以下のサイトでできます。

https://www.statuecruises.com/statue-liberty-and-ellis-island-tickets/#/

女神像に入場しないでリバティ島へ渡るだけであれば、当日のチケット購入で問題ありません。